空が一面オレンジ色に染まってとても綺麗だ。
今頃あの丘の上のコンテナもこんな感じで空が見えてるんだろうな。
俺は結局学校からは出ずに、校舎の中に入ってそのまま屋上へと来ていた。
本当はあのまま丘の上のコンテナまで走って行こうと思ったけど、あそこに行けば絶対に大石が来る。
そう思ったら行くとこなくて、気付けばここに来ていた。
大石はあの後どうしたんだろう?
ひょっとして追いつかれて掴まるんじゃないか?
そう思ったけど、大石は追いついては来なかった。
結構思いっきり突き飛ばしたかんな・・・尻餅はつかなかったけど・・・
少しやり過ぎたかなって一瞬思ったけど俺は頭を振った。
大石が悪いんだ・・・
俺はここに来てからずっと考えてる。
大石の事、不二の事、手塚の事・・・そして明日の全国大会の事
俺の知らない所で、3人には色んな事があってそれぞれ色々思いを抱えていたのかも知んないけど・・・
どんだけ考えてもやっぱり納得の行く答えは見つかんない。
それどころか不安ばかりが、広がってくる。
大石は俺が大石を想うほど俺の事想ってないんじゃないか?
じゃなきゃ手塚に告られたからって、俺の横、簡単に降りたりしないよな・・・?
そんな事を考えると、また目頭が熱くなってくる。それを手で押さえた。
だけど・・・仮にそうだとしても、やっぱり俺は大石とコートに立ちたい。
どうすればいいんだろう?
どうすれば大石は俺の隣に戻って来る気になる?
アイツはあれで結構頑固で、一度決めた事はよっぽどじゃなきゃ撤回しない。
大石を引きずり出す方法。
大石が俺もコートに立ちたいって思う方法。
俺は金網に手を当てて、夕日を見つめた。
大石には明日は試合出ないって言ったけど・・・
俺の戦う姿を見たら、アイツも俺の横に立ちたいって思ってくれるだろうか・・・
俺はすみれちゃんがまだ校内にいる事を願いながら屋上を後にした。
学校を出て、丘の上のコンテナに向かう頃には、もう殆ど日も落ちかけていた。
暗くなりかけた道を、少し早足で歩いていく。
すみれちゃんと話はついた・・・
後は大石・・・お前だけ・・・
いるかいないかわかんないコンテナになぜ向かうのか自分でもよくわかんない。
けど心の中では、絶対に大石はいる。
なぜかそんな確信もあって、携帯で連絡も取らずにそのまま歩いていた。
丘を登って、コンテナが少し見えてきた所で、足を止めて様子をみる。
そして目を凝らして、コンテナに集中した。
辺りが暗くなってきてたけど、視力には自信がある。暫くすると目も慣れてきた。
大石・・・やっぱり・・・いた。
大石はコンテナにもたれかかって、右手首を見ているようだ。
何度も何度も、右手首を触っている。俺はその仕草を暫く見ていた。
そんなに手首が痛むのだろうか・・・?
さっきまでは手塚の事ばかりが原因でこんな事になったと思っていたけど・・・
俺の想像以上に大石の手首が悪かったら・・・
急に不安になって、暫く様子を見て出て行こうって思っていたのに足が竦んで動かない。
大石・・・また触ってる
そう思った時に気付いた。大石の右手首が白い。
えっ・・・包帯・・・?
ジッと目を凝らした。
いや違う・・・あれはリストバンドだ・・・白いリストバンド・・・
大石が俺の誕生日にくれたあのリストバンドだ。
大石の奴がお揃いで買ってくれて、でも他の奴も同じ色のをしてるからって
目印にそれぞれの名前を刺繍した。
最初のうちは自分の名前を刺繍したのを持っていたんだけど、俺の我侭で変えて貰って・・
だから今俺の手元にあるリストバンドには〈大石〉って刺繍してあって、大石が今手に嵌めてるのには〈英二〉って刺繍してある。
大石は手首を触っていたんじゃないんだ・・・
あのリストバンドを触っていたんだ・・・
大石・・・
胸が締め付けられる気がした。
あれは俺だ。
大石はリストバンドを通して、俺の姿見てる。
俺は真っ直ぐ大石へ向けて歩き始めた。
大石まであと5mって所で、大石の方も俺に気づいた様だった。
顔を上げて真っ直ぐ俺を見ながら、でも腕に嵌めていたリストバンドはさり気無く外して ポケットに入れる。
バレバレだっての・・・
俺はそのまま大石の側まで行って歩みを止めた。
「大石」
「英二」
お互い微笑むとかそんなのなくて、真面目な顔で見つめあった。
コンテナの周りには俺達しかいなくてとても静かで、俺の心の中もさっきのリストバンドを見たお陰で、腹が据わった感じで、大石を前にしても落ち着いていられた。
「あれからずっとここにいたの?」
「あぁ。英二が来ると思ったから・・・」
「こなかったらどうするのさ。携帯にかけて連絡を取ろうとか思わなかったわけ?」
「携帯か・・・忘れてた。でも英二は来てくれるって思っていたから・・・」
大石が苦笑する。
なんだよそれ・・・どんな自信だよ・・・
「あっ・・ひょっとして英二かけてくれた?」
「かけてない。ここに来れば逢えるって思ったから・・・」
けど・・・それは俺も一緒か・・・俺も大石はいるって思ってた。
「そっか・・・嬉しいよ。英二がそう思ってくれて・・・」
大石が安心したように微笑む。
お前・・・ズルイよ。
そんな優しい顔して、でも俺の横にはいてくれないんだろ・・?
勝手に悩んで、勝手に結論出して・・・
だけど必ず戻って貰うから・・・
「それで・・・なんだけど英二。今日の事・・・ホントにごめん・・・俺・・」
大石は俺に何かを伝えようとしたけど、俺はそれを遮った。
大石が何を言い出すかわかんない・・・今の状態で話は聞けない。
それよりも・・・
「大石。待って、俺に先に話させて」
大石は少し戸惑った顔をしたけど、俺の真剣な目を見て何か感じたようだ。
「・・・わかった」
よし・・・これで本題を話せる。
後は明日の試合次第・・・俺がどれだけ頑張れるか・・大石がどう思うか・・・だ。
「さっきは明日の試合には出ないって言ったけど・・・出るから」
「ホントか!?」
「うん。ただし・・・ダブルスでは出ない。シングルスで出るから・・・」
「えっ?シングルス・・?」
「そう。もうスミレちゃんの了解は得てるから、それを大石に伝えようと思ってここに来たんだ」
「そうか・・・わかった」
大石は少し寂しそうな顔をした後、俺に手を差し出した。
「頑張れよ」
「うん」
俺は差し出された手を軽く握り返して、大石を見つめた。
「大石。明日の俺の試合ちゃんと観てて、その後さっき大石が話そうとした話聞くから・・・
だから・・・今日はこれで帰る」
「英二・・・わかった。じゃあ・・・また明日」
大石の手が離れていく。
ホントはちゃんと仲直りして、ギュッて抱きしめて欲しい。
大石に甘えて、安心してコートに立ちたい。
だけど今は我慢なんだ・・・
大石がコートに戻るって、俺とダブルスをしたいって思ってくれて、それで仲直りしなくちゃ駄目なんだ。
すっかり暗くなってしまったコンテナに大石を残して、俺は全速力で家へ帰った。
始まった全国大会
全国各地から集まった強豪チームが、あちこちのコートで試合をしている。
そして歓声と緊張の中、もうすぐ俺の試合が始まろうとしていた。
相手の比嘉中は六角戦や今までの試合を観る限りいけすかない奴らだけど、実力はある。
相手にとって不足は無い。
俺の全てをぶつけてやる。
大石、俺を観ててよ。
大石が俺も試合に出たいって、英二の側にいたいって思う様な試合をみせてやるから。
俺の集中力はこれまでに無いぐらい研ぎ澄まされている。
初の公式戦シングルス
絶対に勝ってやる。
試合は俺のペースで進んでいる。
相手の縮地法だかなんだか知らないけど、今までの試合で弱点はわかってるんだ。
1つ1つ冷静に対処して、相手を左右に振ってベースラインで勝負する。
大石観てるか?
いつもならこのベースラインは大石の場所
ホントならお前がここで、比嘉中の奴を左右に振ってた筈なんだ・・・
そして前に来たボールを俺が、アクロバティックで決める。
俺達のテニス
ポイントを取るたびに歓声が沸いている。
そんな時に相手の選手が話しかけてきた。
「お前 本当にダブルスプレイヤーかよ?いいもん持ってんじゃん!」
「もうダブルスはやんない!」
そう・・・大石じゃなきゃ・・・ダブルスはやんない。
大石聞いてたか・・・?
聞いてたなら気付いてよ・・・俺の想い。
張り詰めた緊張感の中で、俺は4−0とゲームをリードしていた。
なのに途中から、比嘉中の奴が変な技を使い出して
「海賊の角笛(バイキングホーン)!!」
とうとう追いつかれてしまった。
このままじゃ負ける・・・
この試合だけは負ける訳にはいかないのに・・・
大石に俺の・・・俺達の本来の姿を見せなければいけないのに・・・
本来の?・・・・・・・・・そうだな・・・本来の俺達の姿に戻そう。
本来の姿、ダブルスに・・・
「やっぱ駄目かぁ・・・シングルスじゃ ならダブルスで行くよ」
一人より二人・・・やっぱ俺はコレだよ。
一人だけのコートは広すぎる。
全然楽しくない・・・笑えない・・・
ポイント取っても、ゲームを取っても大石がいなきゃ嬉しさも半減だよ
それにダブルスの無限の可能性まだ見つけてないよな
大石・・・一緒に見つけよう。
それを見つけるまで・・・俺は・・・大石とのダブルス止めない。
ゲームセットウォンバイ菊丸 7−6
「やっほーい!!」
コート中に歓声が広がる。
俺達青学は俺の勝利で準々決勝進出が決まった。
勝った!勝ったよ大石!!ちゃんと俺の想い伝わった?
俺は大石の顔が見たくて、観客席に近づいた。
迎えてくれたみんなは口々に俺にシングルスいけるって言ってくれるけど・・・
「うんにゃ やっぱ無理・・・
俺ダブルスやってる時の方が楽しいってわかった。
なんかぁーシングルスって孤独」
ちょっとワザとらしいかなって思ったけど、俺は咳払いを1つして拳を突き出した。
「俺は青学黄金ペアの菊丸英二だよん
だから全国終わるまでには怪我治して戻ってこいよ相棒!!」
大石は驚いた顔をした後、同じように拳を突き出した。
「あぁ!」
喧騒の中、次の試合の準備が始まる。
俺はコートからみんなのもとに戻ろうと、コートから出る階段を上った。
よっよっよっ・・・とリズミカルに駆け上がった先で一番最初に目に入ったのは
左腕を高く上げて待つ大石だった。
大石っ・・・!
ポイントを取った時、ゲームを取った時、必ずする俺達の儀式
俺も左腕を高く上げて、バチンと答える様に手を合わせた。
「お疲れさま英二。いいゲームだったよ」
「ちゃんと観ててくれた?」
「あぁ」
「何か感じた?」
「あぁ。たくさん・・・感じた」
ハイタッチしてた手を下ろして、目を合わす。大石は切なそうに俺を見ていた。
「たくさん後悔したよ。
英二の姿を観ながら、本当なら俺も英二の後ろで戦ってた筈なのにって・・
いつも観てる後姿が、観客席からは凄く遠くて、俺の声が届かない・・・
英二が追い詰められた時も、側でフォローしてやれないのが悔しかった。
それに・・英二が一人で頑張ってる姿を観ながら嬉しいと思う反面・・とても寂しかったよ」
「大石・・・」
「英二・・・ホントにごめん。本当は昨日コンテナで会った時にちゃんと謝ろうって思ってたんだけど・・・
英二にシングルスで戦うって言われて、ショックだった。
自分からレギュラーを降りたのに、凄く辛くて・・・俺、いつも気付くの遅くて・・・」
わかったよ大石。気付いてくれたんならいいよ・・・
思いつめた顔をする大石の鼻を指でパチンって弾いてやった。
「そんな顔すんなよな」
「英二・・・」
「わかってくれたなら・・・もういいよ。許してやる」
「・・・・・・・」
「だけど1つだけ約束して、もう勝手に俺の横降りないって・・・
俺を一人にしないって・・・」
「英二・・・・あぁわかってる一人にしない。約束する」
大石が真っ直ぐ俺を見つめる。
優しくて、力強くて、嘘の無い目・・・・うん。もう大丈夫
俺は大石の手を引いて歩き始めた。
「ホント大石って世話が焼けるよな」
「ホントに・・・ごめん・・・って何処行くんだ英二?」
「いいから黙ってついて来いって」
「えっでも・・・次の試合が始まるよ」
大石の非難は無視して、俺は試合会場から少し離れた人影の無い建物の横に大石を引っ張って行く。
「ここならいっか・・・」
そして誰もいないのを確認して、大石に抱きついた。
「わっ!英二っ」
飛びつくように抱きついたから、大石は少しよろめいたけどしっかり俺を受け止めてくれた。
「ずっと・・・こうしたかった」
大石の肩に額を乗せて、背中に回した腕に力を入れると大石の匂いがした。
寂しかった・・・
辛かった・・・
たった半日でも、大石が俺の横を離れたのが怖かった。
もう戻れないんじゃないかって・・・
だけど大石は戻ってきた。
俺の横に・・・
大石・・・
もう何処にも行かないで・・・
「英二・・・ホントに反省してる」
大石の腕にも力が入って、強く俺を抱きしめる。
大石忘れないで・・・どんな時でも俺が側にいる事・・・
迷った時は俺に一番に相談してよ。
それがどんな事でも、大石の事なら俺ちゃんと受け止めるから・・・受け止めてやるから
「英二」
大石に呼ばれて顔を上げると、目の前に大石の顔があった。
「俺もこうして英二の事抱きしめたかった。
もう絶対に離さないから・・・迷わないから・・・俺の側にいて・・・英二愛してる」
大石の大きな手が俺の頬に触れる。
優しい手・・・大石の手
この手は俺だけの手でいてよ
大石を真っ直ぐ見つめ直して、頬に置かれた大石の手の上に自分の手を重ねた。
「大石俺も・・・」
愛してる・・・
俺の言葉は大石の唇に塞がれて、声にならなかったけど
触れた唇から想いはちゃんと伝わってるよな
大石・・・
俺達の全国大会はこれからだよ
一緒に無限の可能性見つけよう
お前には俺がいる
それを忘れないで
ここまで読んで下さって、有難うございます。
ずっと書きたいと思っていた話だったんで・・・
思い入れが強く、凄く長くなりました☆(当社比)
楽しんで貰えると嬉しいです。
そして・・・全国大会決勝D1が黄金ペアでありますように(爆)
2007.10.29